大学時代、ゼミで読んだ作品。平明で簡潔、まさに教科書的な良品というところ。短編集で私のお気に入りは表題の『クリスマス・ソング』と後半に出てくる『ロスト・ボール』という作品。
ベイツはイギリスでは多作で国民的作家らしいのだけど、日本ではほとんど知られていない。母国でウケるけど他国でウケない、あるいはその逆とか、なんでそういうことが起こるのかって考えるのも世界文学を考えるうえでは興味深いよね。
『クリスマス・ソング』はあるクラッシックを学んだレコード店の女性のところへ、クリスマスソングを探しに青年がお客として訪れる。最初は曲がはっきりせず二度目の訪問でそれがわかって買っていく。いってみればそれだけの話なんだけど、ちなみに青年の探していた曲がこちらシューベルトのセレナーデ。
クラッシックとか本格芸術をやった人というのは、なにか自分より大きなものへ携わることで気分が高揚したりするもので、その充実した時間に比べて日常の生活が味気ないものに思えたりする。この女性も芸術をまったく理解しない、しようともしないいわゆる俗物に囲まれたまま地方のさびれた都市でくすぶっている。
また文化に携わる人って、自分の携わっている文化を理解してる人を無条件で好きになったりするもので、朴訥にシューベルトの曲を探しに来る青年がまさにそんな感じ。べつにふたりは恋愛に発展するわけじゃないんだけど、派手なだけで男好きのする妹、デリカシーのない恋人、クラッシックを理解しないパーティに集まるメンツといった人びとの対比で、この曲を恋人へのプレゼントに贈ろうとしている青年の純粋さが女主人公の中でポッと照らされる。そんな一瞬をとらえた作品といえるんじゃないかな。
『ロスト・ボール』はおじさんと自殺願望のある女が浜辺で出会うというお話。女はいわゆる不思議ちゃん。いい女だけれど言動がちょっとヤバイ。イメージでいうとむかしの秋吉久美子さんみたいな感じ。おじさんは典型的な庶民で、節約して夜にクラブハウスで仲間と飲んでれば、いい人生だと満足できる男。ちょっとしたやり取りがあって、おじさんは中年の危機もあいまってかその若い女とお近づきになれるかもっと思う。はじめて読んだころは女の不思議な魅力ばかりが目についたが、いま読み返してみるとおじさんの気持ちが痛いほどわかる……結局男はその女を口説かず去っていくんだけど、その様子も自分と二重写しにならないわけではないような…
ベイツは自然描写が素直でうまい。場面展開も2~3行でパッパッと変わっていくカメラワークのようで小気味いい。どちらの作品も中長編ならまったく違うふたりが出会ってここからどちらかが成長していくストーリーになるのだろうけど短編はそのはじめのところのアイデアでおわり。その変化のおとなしさが人気がいまいち出なかった原因かもね。今はなくなった福武文庫とともにちょっと残念な気がする。
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